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	<title>Rainbow Days</title>
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	<lastBuildDate>Fri, 18 Sep 2026 10:47:07 +0000</lastBuildDate>
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		<title>世界のどこでも子は育つ〜5カ国×５人×元教員ママの子育て記録〜ピアノが弾けない子は音楽に向いてない</title>
		<link>https://dailykame.com/lesson2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Rainbow Days]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 18 Sep 2026 10:45:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[情報]]></category>
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					<description><![CDATA[後編:「ピアノが弾けない子は、音楽に向い [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h2>後編:「ピアノが弾けない子は、音楽に向いてない」は間違いでした</h2>
<p>&nbsp;</p>
<h3>私も、全然弾けなかった</h3>
<p>私自身、小さい頃からピアノを習っていました。真面目に練習する子ではなく、決して上手ではありませんでしたが、好きで、気分転換になってくれたことが何度もありました。ピアノにはいろんな効果があるとも言われますよね。両手で違う動きをするから脳の両方を同時に使う訓練になるとか、楽譜を読みながら指を動かすから「同時処理能力」が鍛えられるとか、継続練習で忍耐力が育つとか。小学校で全員が鍵盤ハーモニカをやることもあって、私の中には「ピアノが基礎、他の楽器はその後」っていう固定観念がずっとありました。きょうだい平等にって思いもあって、長男も長女も、4歳になったらピアノを習わせました。</p>
<p>これが、大間違いでした。</p>
<h3>「ピアノは基礎」は間違い</h3>
<p>長男は、体験して「やりたい!」って言ったくせに、いざ始めると椅子の上で手を突っ張って脚を上げ、体操選手みたいな格好をして、「見てみて!」ってまったくじっとしていません。それでも理解はしていたみたいで、発表会は楽しんでたと思います。長女は大人しく座ってくれましたが、どっちが高音でどっちが低音か、いつまで経っても覚えません。高校生になった今でも「ドレミファソラシレド～」って、気持ちの悪い言い方をします。なんでこんなことも分からないのって、当時の私はイライラしてました。二人ともテキストブックを破ったこともあります。長男のレッスンには2歳差の下の子二人も連れて行かなきゃいけなくて、私自身が疲れ果ててました。お金の支払いより、レッスンに連れて行くことの方がよっぽど大変でした。結局、二人とも引っ越しのタイミングで2年ほどで辞めました。二人とも、大喜びでした。</p>
<p>私は、娘には音楽の才能がないんだと、その時は諦めました。</p>
<p>ところが彼女が中学生になった頃、コロナ禍で音楽の授業からリコーダーや歌唱ができなくなって、代わりにギターの授業が始まったんです。すると、小学校の頃に何も楽器を習っていなかったはずの娘が、「ギターを習いたい」って言い出しました。それが驚くほど楽しそうに続いて、今はベースを習っています。</p>
<p>ここで私が学んだのは、ピアノができないからってその子が楽器に向いてないと考えるのは大間違いだということです。楽器の習得には、理解度や手の器用さが、発達段階、性格、楽器によって、合うタイミングがある。「ピアノをやってから他の楽器、ピアノが基礎」なんて考え方自体が、そもそも間違っていたんです。最初からやりたい楽器を習わせたほうがいい。私自身、ハープやギターに挑戦したことがありますが、ピアノの感覚が染みついているせいで、かえってやりづらいと感じることもありました。</p>
<p>この娘を通して学んだこと、私が小学校で音楽の授業をする上で、本当に役立っています。なぜ鍵盤ハーモニカをやるのか。「これが弾けないからって、音楽が向いてないとは思わないでね。あなたには合うタイミングと楽器がちゃんとあるはずだから」と、私はいつも子どもたちに伝えています。</p>
<h3>向いてないんじゃない、合ってなかっただけ</h3>
<p>四男は、人前で何かをすることが大好きな子です。幼稚園のお誕生日会で「将来はシンガーになりたい」って宣言して1曲歌いきり、中学の時はテスト直前に地域のカラオケ大会に申し込んで、醤油や砂糖なんかの賞品をもらってきてくれたこともあります。試験前だっていうのに、我が子ながらブレない。子役を育てるスクールに入れることも検討しましたが、地域の小さな舞台でも人に喜んでもらえる体験を重ねるほうがいいかなと思って、入れませんでした。</p>
<p>この子はじっとしているのが苦手です。「そんなにじっとできないんだったらタップダンスやれば?」って勧めました。漢字を全く覚えようとしないので、暗記力を鍛えてこいと楽譜を使わない和太鼓を習わせました。歌は毎回新しい曲、英語のみ、楽譜なし、耳で聞き取ってパートごとに歌うゴスペルにも入れました。どれも、生き生きと取り組んでいます。苦手なことを無理に克服させるんじゃなくて、その子の得意な感覚(耳で覚える、体で覚える)を入り口にする。これが、四男を見ていて見つけた方法でした。</p>
<p>実はこのタップダンス、オンラインで習っています。もちろん難しいところもありますが、きょうだいの多いお母さんたちに、これだけは声を大にして伝えたい。習い事は、支払いより送迎のほうがずっと大変です。雨の日でも家の中で完結するオンラインレッスン、本当に楽です。オンラインで習えるもの、あれはもう文明の利器。心からおすすめします。</p>
<h3>弾けなくても、音楽は残る</h3>
<p>長男はドラムがとても上手です。彼が学校に足が向かなくなっていた時期も、毎日のようにドラムを叩いていました。夫は、その様子をこう表現していました。「整えるようにドラムを叩いている」。言葉にできない気持ちを、音とリズムで整理していたのかもしれません。音楽が、彼にとって大切な逃げ場所であり、支えだったんだと思います。</p>
<p>それぞれ違う楽器を選んだ子どもたちですが、もったいないので、お互いに弾き方を教え合って体験することもあります。すると、「すげーなー」って、素直に尊敬し合う場面が生まれます。海外にいた頃、ホームパーティーで数家族とコンサートを開いたこともあります。楽器のできないパパは、下の子をおんぶしながら、最後にチーンと一音鳴らすだけの役目でしたが、それでもとても楽しい時間でした。おばあちゃんの誕生日には演奏動画を送り、おじいちゃんの古希のお祝いには、全員でボディパーカッションをして送って彩りを添えたりします。</p>
<p>スポーツについては、結果的にみんなバラバラのものを選びました。その子の性格に合いそうなものを勧めはしますが、最後は本人が自分で選びます。一番の願いは、健康を維持するためにやってほしいということ。</p>
<p>私のこの性格ですから、オリンピック選手やステージに立つようなサポートを必要とする子は、きっとうちには来ないんだと思います。あはは。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>世界のどこでも子は育つ〜5カ国×５人×元教員ママの子育て記録〜習い事のの送迎、卒業しました。</title>
		<link>https://dailykame.com/lesson/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Rainbow Days]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 18 Sep 2026 10:42:05 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[情報]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dailykame.com/?p=4011</guid>

					<description><![CDATA[前編：習い事の送迎卒業しました。 我が家 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>前編：習い事の送迎卒業しました。</h3>
<h3></h3>
<h3>我が家の習い事のねらいとルール</h3>
<p>我が家には(正確にはママの中に)、習い事のルールがいくつかあります。</p>
<p>まず一つ目、選ぶときのルール。自分で行って帰れる場所であること。送迎が必要な習い事は、基本的に選びません。だって、私の時間は私の時間ですから。子どもの習い事のために、親が疲れて時間が消えていくの、私には無理です。送迎×人数分、できるかぁ～!!</p>
<p>二つ目、習い始めたら1年間は辞めない。入会金、道具代、結構かかりますからね。「入ってみたけど違った」とかで、すぐ辞めるのはナシ。すぐできるようになるものばかりじゃないんです。知り合いのお金持ちの息子さんのお友達なんて、しょっちゅう何かを始めては1、2ヶ月で辞める、を繰り返してました。私が「あれって何の力がつくんだろうねえ」って言ったら、息子が「諦める力じゃない?」って。そうか、そういう力も必要だもんね……。習い事で培いたい力って、家庭によって全然違いますよね。</p>
<p>3つ目、スポーツと音楽をそれぞれ一つずつ身につけること。両方とも、人生を豊かにしてくれるものだからです。スポーツは一生の健康を作り、音楽は年齢に関係なく一生楽しめる。スポーツと音楽があれば、大人になっても話題に困りません。それに、スポーツの世界と音楽の世界って、集う人たちの雰囲気も価値観もまったく違うんです。両方の扉を持ってれば、それだけ普段出会わないタイプの人たちとも、自然につながっていけるんじゃないかと思っています。</p>
<p>4つ目、できるだけ同じものを習わせない。これは私自身が飽き性(いろんなことに興味がある、とも言えます)だから、というのもありますが、同じものを習わせると優劣がついてしまうと思うからです。それぞれ違うものをやらせることで、きょうだい同士がお互いを尊敬し合う場面が増えます。強いチームでベンチを温めるより、弱いチームでも試合に出てスポーツを楽しいと思うこと。これを我が家は大事にしています。もしかしたら、いつか家族でバンドが組めるかもしれない、なんて密かに期待もしています。</p>
<h3>送迎はゼロでも、度胸は満点だった話</h3>
<p>私自身のピアノは、上手とは言えません。それでも、ピアノが弾けるおかげで、海外の学校で伴奏者としてボランティアをしたり、コーラス部の伴奏者としていろんな国の人たちと関わったりできました。</p>
<p>一つ、大変だった話があります。パキスタンにいた頃、参加していたインターナショナル・クワイヤーのメンバーから、「伴奏者を探している人がいる、あなたを紹介したから」って言われて、なんとなくしか聞き取れない英語のまま、引き受けちゃったことがありました。その方に実際に会って話を聞くと、1週間後にホテルで1、2曲歌う予定で、しかも過去にブロードウェイで歌ったことがあるという方。人手が足りない環境だと、こういうことも起きるんです。英語も正確に聞き取れないまま、度胸だけでその舞台に立ちました。</p>
<p>イギリス編で、シュタイナー学校のママ友から「You are brave(あなたは勇敢ね)」って言われた話を書きました。あの時の私は意味も分からず辞書を引いたわけですが、今振り返ると、あの言葉、私の人生のあちこちで当てはまる気がします。英語もろくに分からないまま、ブロードウェイ経験者の伴奏を1週間で引き受けた、あのパキスタンでの度胸も、きっと同じ種類の「brave」だったんだと思います。うまいかどうかより先に、まず引き受けてしまう。飛び込んでしまう。下手なピアノが私に開いてくれた扉は、いつも「勇気を出せば、なんとかなる」ってことを教えてくれていたのかもしれません。</p>
<p>私はずっと、タップダンスに憧れていました。田舎育ちだったので、そんな教室ありませんでした。それが、5人目を産んだ後に見つかって、教えてもらえるというので、他の子どもたちも連れてスタジオに通い、5人目を背中におんぶしたまま習い始めました。どこまでもBrave!</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>世界のどこでも子は育つ〜5カ国×５人×元教員ママの子育て記録〜私の塾との付き合い方</title>
		<link>https://dailykame.com/cram-school/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Rainbow Days]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 03 Sep 2026 10:25:33 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Mom]]></category>
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					<description><![CDATA[「偏差値を親のお金で買うな」と子どもに言 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h1>「偏差値を親のお金で買うな」と子どもに言う理由</h1>
<p>「塾に行かせたほうがいいの?」って迷うとき、親の頭にはいろんな思いが渦巻きますよね。学校の勉強との両立。ご飯の用意。送迎。お金。そういう迷い、すごく自然だと思います。</p>
<p>学ぶことへの向き合い方も、教育に求めるものも、家庭によって全然違います。ただどの環境でも大事なのは、子どもが安心して学んで、自分なりの一歩を見つけられることじゃないかな、と思っています。</p>
<p>さっ!きれいごとは抜きにして。お金に余裕があるなら、迷わず塾に入れる人が多いはず。仕事から疲れて帰ってきて、子どもが塾で過ごしている間、親も一息つけますからね。というわけで、今日はまずうちの結論から。</p>
<h3>我が家のルール</h3>
<p>行きたい学校があるなら、まず自分で努力する。努力したくないなら諦める。努力してもどうしても届かない時は、中学3年生の1年間塾を利用してよい。以上、終わり。</p>
<p>小学生のうちはたくさん遊ぶ。学校で頑張ったなら、夜は休憩の時間。イギリス編でも書きましたが、18時に子ども番組終了、店も18時に終了、パパ帰宅、18時に晩御飯、19時寝てるのよ。小学生の夜は勉強漬けじゃなくて、休んで、眠る時間。</p>
<p>子どもにはいつも言っています。「自分の偏差値を、親のお金で買うな」(笑)。</p>
<h3>塾なしで勝って、塾なしで負けた私の経験</h3>
<p>私は田舎育ちで、塾へ通うには親の送迎が必須でした。中学生になると塾へ通う子もいましたが、教員だった両親は反対。「勉強しに行っても、たむろして遊ぶ時間があって時間の無駄になることもある」「中学校の勉強は、授業をしっかり聞けば十分」というのが理由です。当時の教員は今より忙しかったから、正直、送迎する余裕がなかったのも本音だったんじゃないかと思います。</p>
<p>中学教員だった父は、入学のときに「先生の目を見て授業を聞きなさい」と何度も言いました。テスト前は、内容そのものより、どう学習計画を立てるかを細かく教えてくれました。おかげで田舎の学校とはいえ、5クラス中いつも上位。5人しか進学できない志望校にも、塾なしで合格しました。</p>
<p>でも高校に入ってからは、同じ戦法が通用しませんでした。自宅から片道1時間半、運動部も継続、帰宅後に勉強する体力なんてゼロ。ゴールを「高校合格」にしたせいで燃え尽き、行きたい大学もなく。自分のやりたい道を両親に反対されて、気持ちと進路がねじれてたのも響いたんだと、今なら分かります。母が高3で塾を勧めてくれた頃には、体力も目標もありませんでした。一番の失敗は、目標がなかったこと。これに尽きます。</p>
<h3>元塾講師として</h3>
<p>大学生になってから、私は家庭教師と、地域では大手だった進学塾で講師をやりました。塾なしで育った私にとって、そこが初めて見る「塾」の現場でした。</p>
<p>正直に言うと、塾講師の仕事、学校の教員よりずいぶん楽でした。もちろん責任はあります。でも塾には基本的に、勉強をやりたい子だけが来て、自分に合う塾を選んで通っています。学校は勉強だけじゃなく生活面や学級全体まで丸ごと抱えるのに、塾は勉強面に集中して見られる。同じ「先生」でも、見ている範囲がこんなに違うんだと驚きました。</p>
<p>塾を利用する目的は大きく2タイプ。一つは学校の授業についていけないから、もう一つはもっと上を目指したいから。同じ「塾に通う」でも、目的はまるで違います。</p>
<h3>塾代 vs 親の人生</h3>
<p>まずは数字から。2026年度、東京都内の大手集団塾の相場感です(夏期・冬期講習・教材・模試を月割りにした家計感、あくまで目安ですよ)。</p>
<ul>
<li>小6・中学受験:月10万～15万円超</li>
<li>中3・高校受験:月6万～10万円前後</li>
<li>高1・高2・大学受験:月4万～8万円</li>
<li>高3・大学受験:月8万～15万円超も</li>
</ul>
<p>推薦対策専門の塾になると、対策費100万円ってこともあります。我が家はキッパリ夏期、冬期講習などは受けません。金額が大きいことと、遠方の帰省を大切にしているからです。</p>
<p>お金に余裕があるなら、必要に応じて塾を使えばいいと思います！ただ、親が自分のやりたいことや生活を全部我慢してまで塾に入れる必要があるのか、一度立ち止まって考えたいところです。今を生きている親にも、親自身の人生があります。子どもを最優先にし続けていると、親の順番は一生やってきません。親がやりたいことをできるのはいつ？</p>
<h3>塾に賛成なところ</h3>
<p>長男の高校受験で、私は自分が育った時代の常識を、見直すことになりました。当時と今、田舎と東京では、受験環境も情報量もまるで別物です。</p>
<p>強く感じたのは、塾が持ってる高校受験の情報量は、学校とは比べ物にならないということ。塾の講師は、受験情報や学校ごとの状況、本人の成績、志望校までの可能性を見ながら助言するスペシャリストなんだと実感しました。</p>
<p>印象に残っているのは、内申点が上がったときのこと。学校の担任からは具体的な見通しなんて特に聞けなかったのに、塾の講師はすぐに「ここも、ここも可能性出てきましたね」って志望校の選択肢と結びつけてすぐに教えてくれました。1上がったっていう事実を、受験全体でどう捉えればいいのか、そこで初めて具体的に見えました。</p>
<p>私が塾を勧めるポイント、それは「情報代」としてです。塾に通うことで、子どもの学力だけじゃなく、受験の選択肢や見通しを知るための情報にもお金を払っている。長男の受験を通して、塾は単なる勉強場所じゃなく、受験情報を得る場所なのだと見方が変わりました。</p>
<p>私立高校の大学受験対策の手厚さにも、正直びっくりしました。学校そのものがまるで塾みたいに受験を支えている。それに比べて、自分が受験生だった頃の公立高校は、そこまでの支えはありませんでした。塾にも行っていない私は、準備の進め方も選択肢も、模試結果の見方さえろくに知らないまま受験してたのです。今は海外にいてもオンラインで塾の授業が受けられる時代。距離や送迎だけで選択肢を諦めなくていいのは、本当に大きな変化だと思います。</p>
<h3>塾に反対なところ</h3>
<p>塾に反対な理由は2つあります。</p>
<p>まず一つ目。家でできるから。元教員として、勉強ができない子を見てきて気づいたことがあります。勉強ができない理由はだいたい決まってるんです。集中力が続かない。計画の立て方が分からない。勉強の仕方そのものが分からない。学習が習慣づけられていない。ゲームやスマホで生活リズムが崩れて、睡眠不足で学校の授業を聞けてない。</p>
<p>これって、塾に行けば解決するでしょうか。私は、そうは思いません。これらは基本的なことで、しかも一生涯必要になるスキルです。お金を払わなくても、本来は家庭で教えられることだと思うのです。</p>
<p>ここで朗報です！子どもにこれらの基本的なことを教える代わりに、自分のお小遣いが毎月5万円増えます！お父さん、お母さん、やりませんか?</p>
<p>塾に通うと、帰宅が22時になることがあります。そこからさらに宿題が出ることもある。学校、塾、宿題、就寝——これって、もうブラックな生活の始まりじゃないですか?そんな生活で、翌日に学校の授業にちゃんと集中できるのでしょうか。学校は、多額の税金によって運営されています。先生方が授業をしてくれて、子どもたちはそこで多くの時間を学んでいます。その授業に集中できないほど塾や宿題で疲れてしまうなら、学校で学ぶ時間を十分に生かせていないのではないでしょうか。これは大人が作り上げている世界だから、大人の責任だと思うのです。「規則正しい生活を」なんて言いながら、全然健康的とは言えない状況を作り出してるのですから。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私が塾に反対する最大の理由は、家族で食卓を囲む時間がなくなるからです。中学生になったら部活からすぐ塾。帰宅は22時。これの繰り返し。</p>
<p>うちには小学生から大学生まで子どもがいますが、ほぼ毎日夕食を一緒に囲んでいます。食べながら30分くらい、その日あった出来事を話して、一緒に笑い合う。ティーンエイジャーもいるのに仲がいいなあ、よく話すなあと感心するくらいです。私自身も家事をしながらではなく、食卓に座って子どもたちと同じ時間を過ごすようにしています。だって子どもたちの中には「妻（母親）は食事を用意する人で、一緒に席に着かなくてよいもの」として刷り込まれますよ。大人気家政婦の志麻さんの記事に「豪華な食事を用意する必要はない、買ったものでもいいから大切なのは同じテーブルを囲むことだ」と書いてありました。猿は毛づくろいでコミュニケーションを取ります。それを人間に当てはめるなら、食卓を囲んで一緒に食べて、笑い合うことだそうです。家族が同じ場所に座って、顔を合わせる。その積み重ねを、私は大切にしています。</p>
<h3>締め</h3>
<p>今ママが作っている食卓は、子どもたちが将来つくっていく未来の食卓につながっているのです。そう思うと、夕食の時間は、勉強や効率だけじゃ測れない大切な時間に感じられます。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>世界のどこでも子は育つ〜5カ国×５人×元教員ママの子育て記録〜猫の話</title>
		<link>https://dailykame.com/cat/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Rainbow Days]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 01 Sep 2026 08:46:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[情報]]></category>
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					<description><![CDATA[動物たちと歩んできた、5カ国の暮らし パ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>動物たちと歩んできた、5カ国の暮らし</h3>
<p>パキスタンで暮らしていた頃、知り合いのところで生まれた子猫を一匹もらいました。名前はチャイ。オスです。</p>
<p>ある雨の日、チャイの姿が家の中に見当たらないので庭に出てみると、ガードマンの小屋の前で雨宿りしていました。そばには、頭から顔にかけて傷だらけの、薄汚れたメス猫が一匹。病気持ってたら嫌だなあと最初は渋っていたのですが、チャイが何日も律儀にそばを離れないので、根負けして家に入れてやることにしました。</p>
<p>数日経って傷が治ったら、あの薄汚れた猫、まさかの美人猫に変身。ギンティ(鈴)と名付けました。</p>
<p>やがて二匹はキッチンでくっつき合うように。すると夫が「電気消してあげよっか」なんて気を遣って、コーヒー片手にそそくさ居間へ避難していくのです。動物にまでプライバシー配慮する夫、律儀すぎます。</p>
<p>その後ギンティが妊娠。私が長男の出産で一時帰国している間に、誰の手も借りずソファの下で産んでいました。母親学級もない、助産師もいない。それでもちゃんと産めるんだから、生き物ってすごいなあと素直に感心しました。</p>
<p>夫が寂しそうに教えてくれたのですが、あんなに寄り添って寝て、毛繕いし合ってたチャイとギンティなのに、ギンティが子どもを産んだ途端、チャイが近づくと「シャーッ」て威嚇するようになったそうです。ご飯食べて、用足して、さっさとどこか行っちゃう。「君もそうなるんだね」って、夫がしみじみ言っていました。</p>
<h3>「へ?なんかいるよ?」——夫の了解なく増えていく生き物たち</h3>
<p>正直に言うと、結婚してからこっち、ハムスターも金魚も猫も、夫に相談なく私が勝手に増やしてきました。帰宅した夫が「へ?なんかいるよ?ねぇ?」って困惑するの、我が家ではもうお決まりのやり取りです。お世話したい母性が溢れまくり期が定期的にくる私。</p>
<p>赴任先だと、前任者や前の家主からペットをそのまま引き継ぐこともよくあります。パキスタンでは、ラブラドールレトリバーみたいな大型犬とカメを引き継ぎました。</p>
<h3>居間のソファで、まさかの5匹同時出産</h3>
<p>南アフリカでは、子どもの担任の先生の飼い猫の子猫をもらってきました。この子はよほど家族に気を許してくれてたのか、家族全員が集まる居間のソファの上で、突然お産を始めました。</p>
<p>ちょうど陣痛が始まった頃、3番目がマインクラフトでダイナマイトを爆発させて、爆音を響かせてました。今それ?ってちょっと思いましたが、家族みんなで固唾を呑んで見守りました。お腹が収縮して、一匹目誕生、胎盤が出て、それを猫が食べる。しばらくして二匹目、また胎盤、また食べる。「一匹につき胎盤一個あるんだ、お腹いっぱいになりそうだねえ」なんて言いながら見てたら、最終的に生まれたのは5匹。ま〜一人一匹ね！</p>
<p>「生まれました〜」ってFacebookに写真付きで投稿したら、実はその少し前にうちの5人目の子どもが生まれていたのに、その報告をまだしてなかったことをすっかり忘れていて。おかげで「ん?猫より、なんか一人増えてません?」っていう驚きのメッセージが、それはもうたくさん届きました。</p>
<h3>命がつながっていく場所で</h3>
<p>猫の出産も、人間の出産も、5カ国のあちこちで、いつも家族のすぐそばで起きてきました。動物たちの命がつながっていく様子を、子どもたちと一緒に見守れたのは、教科書には絶対載っていない、最高の学びだったと思っています。それにしても、うちの出産報告の順番だけは、もう少しきちんとするべきだったかもしれません。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>世界のどこでも子は育つ〜5カ国5人元教員ママの子育て記録〜夫婦</title>
		<link>https://dailykame.com/couple/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Rainbow Days]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 28 Aug 2026 13:27:48 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Mom]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dailykame.com/?p=3939</guid>

					<description><![CDATA[夫婦は「対等なチーム」って、正直かっこよ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>夫婦は「対等なチーム」って、正直かっこよく言いすぎてる説はある(笑)けど、うちの結束が固い理由を話します。</p>
<h3>出会いはパキスタン。決め手は「セブンイレブン理論」</h3>
<p>夫とはパキスタンで出会って、結婚しました。異国の地で、しかもかなり若いうちに即決。理由を聞かれるといつも答えるのが「セブンイレブン理論」です。</p>
<p>イトーヨーカドーみたいに商品がずらっと並んでると、目移りしすぎて結局何も買わずに帰る。でもセブンイレブンなら、パッと欲しいものを手に取ってレジに直行できる。選択肢が少ない環境だったからこそ、迷わず決められたんだと思います。お互いに。今思えばずいぶん潔い買い物でしたが、いいお買い物でした。</p>
<h3>深夜帰り、海外出張、ワンオペ上等の日々</h3>
<p>結婚してからずっと、夫の深夜帰りは当たり前でした。「その働き方、おかしくない?」と会社の文句を言ってみたり、「二人でご飯も食べられないなら結婚した意味ある?」なんて手紙を玄関に置いてみたり。若かった…。子どもが生まれてからも2週間の海外出張はしょっちゅうで、平日不在は日常仕様。</p>
<p>それでも乗り越えられたのは、私が専業主婦だったから。「仕事の忙しさに比べたらマシ」「時間に追われなくていい」と自分に言い聞かせ、お金を稼いでもらってるんだから家のことは私がやろう、と割り切りました。週末の公園通いだけが心の支えだった時期もあります。若い<span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">かわいい奥さんだった。</span>今考えると、あれはあれで戦友との連帯でした。</p>
<h3>キャリアを手放した不公平感、正直あります</h3>
<p>海外赴任について行く形で自分のキャリアを手放したことに不公平感がなかったかと言われれば、正直あります。だからこそ、その都度ちゃんと言葉にして夫に伝えてきました。「いいなあ、あなたはイギリスで修了証がもらえて。私は子育てしても何の証明書も出ないんだよ」と、冗談まじりに、でも本気で。</p>
<p>夫は「家のことはやってよ」と一度も言ったことがありません。私が地味に好きなのは、彼が自分の仕事の話を私にしてくれるところ。教育とは畑違いの仕事なのに、ちゃんと話してくれる。「どうせ話しても分からないだろう」と思われていないんだな、というだけで、なんだかうれしい気分になります。</p>
<h3>子どもが小さいうちの会話は「業務連絡」オンリー、それでいい</h3>
<p>子どもが小さいうちは、夫婦の会話なんて「業務連絡」ばっかりでした。ある時、珍しく祖父母に子どもを預けてもらって夫婦でランチに行ったのですが、いざ二人きりになると会話が成立せず、なんとも言えない気まずい空気が流れたのを覚えています(笑)。</p>
<p>大丈夫、大丈夫。そういう時期なんです。そこに対策なんてありません。ただその時期が過ぎるのを待つのみ。その後にやってくる「外食できるようになったね〜!」「二人で出かけられるようになったね〜!」を、楽しみに取っておきましょう。</p>
<h3>「駐在マジック」に感謝しなさい、夫よ</h3>
<p>駐在生活の中で、夫がやたらとかっこよく見えてしまう瞬間があります。私はこれを「駐在マジック」と呼んでいます。同じ日本人だから、数ヶ月先に赴任してて土地勘があるから、空港事情に詳しいから——海外生活には噂も価値観もいろいろ渦巻いていて、その中で本当に信頼できるのは結局夫婦だけ、という状況が「マジック」を発動させるのです。</p>
<p>正直に言うと、うちの夫はこの「駐在マジック」のおかげで実力以上に頼れる男に見えているところがあります(笑)。日本にいたらただの少し不器用な人なのに、海外だと急に「頼れる旦那さん」の称号を手に入れる。夫よ、駐在に感謝しなさい。</p>
<p>引っ越し、海外赴任、出産、そして子どもの不登校と、うちは越えてきた山がとにかく多い夫婦です。だからこそ結束が固くなったのだと思います。夫婦喧嘩らしい喧嘩は、あまりした記憶がありません。夫が少し年上で、冷静で聞き上手な性格だからかもしれませんが、単純に喧嘩している暇がなかった説も濃厚です。</p>
<p>対等なパートナーでいるための、たった3つのルール</p>
<p>聞かれたら、いつも3つだけ答えています。</p>
<ul>
<li>無視という手段は取らない</li>
<li>喧嘩しても「行ってらっしゃい」までにはなんとかする</li>
<li>毎日、食卓を囲んで話す</li>
</ul>
<p>夫は、私が専業主婦だからといって「節約しろ」と言ったことは一度もありません。休みの日に美容院へ行くと言えば「帰りにお茶でも飲んでくれば」、「タクシー使いすぎ技じゃないの」とつぶやけば「そっちも使えばいいじゃん」と返してくる。ありがたいやら、心配になるやら。</p>
<p>妻が活躍することを良く思わない夫もいると聞きます。「お前にそんなことできるのか」「資格取ってどうするんだ」と。でもうちの夫は、いつも背中を押してくれます。再就職を考えたときも全面協力でした。</p>
<p>「マンツーマンはもう無理だ、ゾーンディフェンスだぞ」と真顔で言い出した、あの夫です。あの頃と比べたら、今の彼は別人のように家族というチームの一員として動いています。すごい成長。夫育ても、なかなか上手くいったんじゃないでしょうか(笑)。</p>
<h3>Weaver(機織りどり）の夫婦関係</h3>
<p>アフリカにはweaverと呼ばれる鳥がいます。巣の形が特徴的なのですぐにわかります。オスが巣を一生懸命作ります。出来上がると、メスが中に入り、新しいか、網目が細かいか、頑丈かなど悪天候や天敵から守るために厳しい目でチェックします。そして、気に入らなければ出ていって無視。オスは諦めて作った巣を自ら壊し、また巣を何度でも作り直す。けなげ〜。人間が家を買う時はそんなことはできないですよね。すごいわ〜、どんないい女なんだろう。</p>
<h3>愛は冷めても、尊敬は冷めない</h3>
<p>大学時代、お世話になった先生に、結婚相手の話をしていたときに言われた言葉があります。「尊敬できる相手を選ぶこと。愛は冷めるけど、尊敬は冷めないから」。</p>
<p>当時は「ふうん」くらいにしか思っていませんでしたが、20年以上この人と歩いてきた今、その言葉の意味が骨身に染みて分かります。うちの夫婦がここまで来られたのは、愛情うんぬんより先に、お互いへの尊敬がずっと土台にあったからなのだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>世界のどこでも子は育つ〜5カ国×5人×元教員ママの子育て記録〜引越し</title>
		<link>https://dailykame.com/moving/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Rainbow Days]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Aug 2026 11:54:33 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Mom]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dailykame.com/?p=3923</guid>

					<description><![CDATA[引っ越し９回？！でたどり着いた、荷造りの [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>引っ越し９回？！でたどり着いた、荷造りの結論</h3>
<p>一人暮らしを始めた頃からのマイルールがあります。「入れる場所があるか考えてから買う」。だからクリスマス前、子どもたちは「サンタさん来るから要らないもの捨ててね」と言われます。転勤族になって良かったのは、家にモノが溜まらないこと。把握できてないモノや場所は、うちには存在しません。定期的に（悲）引っ越しが来る生活だと、勝手にそうなります。</p>
<h3>「え、自分でやるの?」</h3>
<p>家を買ってからは日本にモノを残せるようになりましたが、社宅暮らしの頃は、冷蔵庫もソファも実家に送って置かせてもらっていました。引っ越しサービスの手厚さは会社によって全然違って、業者がすべてやってくれる会社の奥さんたちからは「え、本当に自分でやるんだね」「業者来ないの?」ってよく驚かれます。はい、自分でやります。さらにちびっ子を抱えながらの引っ越し、控えめに言って至難の業ですよ。</p>
<p>子どもの本をどれくらい持っていくべきか、別の会社の先輩ママに聞いたら「うちは毎月2、3冊、会社が子ども向けの本を届けてくれてねぇ」と。そんなサービス、うちにはありません。初めて海外に住む人や、よほど不便な赴任先の人、田舎暮らしの大きな家の人は、全部持って行って全部持ち帰る、ということもできるようです。夫の会社の家族たちは、どんなに不便な土地に行くことになってももう慣れたもの。先輩ママから賢く学びました。</p>
<h3>船便から別送なしになるまで</h3>
<p>最初は船便を頼っていました。数ヶ月かかるけど、重さもサイズも気にせずガンガン積めます。ただし数ヶ月経つ頃には、もう生活は大体整ってるんですよね。そこに大量の荷物がドーンと届いて、荷解きだけが地獄、というオチ。懲りてからは、現地で買って現地で楽しむスタイルに切り替え。そもそも現地のテイストやサイズって、日本の家にはあんまり馴染みません。</p>
<p>次の段階では、船便はやめて空輸オンリーに。アフリカ行きの船便なんて、いつ届くんだい？検査で荷物を開けられて、中身を抜かれたり、不正にお金を要求されたりすることだってあります。空輸なら、スーツケースに入らない大きさの絵や楽器も持っていけて、一番快適でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「私、日系移民じゃん」と気づいた日</h3>
<p>ある日、家族でJICA横浜センターに行きました。素敵な庭や、世界各国の料理が食べられるレストランや図書室、国際協力の情報が集まる施設です。そこに、日系移民の歴史を伝える資料室があって、実際に使われていた引っ越し荷物が展示されていました。大きな船からさらに小さなボートに乗り換える映像もあって、荷物は驚くほど少なく、柳行李やトランクの中身は、髪を切る道具、裁縫道具、薬、砥石など、本当に必要最低限のものだけ。</p>
<p>それを見て「あ、私、これじゃん」って、ストンと腑に落ちました。知らない土地に渡っていく、後は現地のものと人の中でうまくやっていきなさいというメッセージをもらった気がしました。</p>
<p>今回のナイジェリアでは、船便も空輸の別送も使いませんでした。持っていったのは、現地の店の様子も分からないし体調が慣れるまでをしのぐための日本の調味料と、薬など。インターネットのおかげで、子どもたちの学習本も私の趣味の雑誌も楽譜ももう不要です。20年前、初めてパキスタンに向かった頃と比べたら、世界は本当に便利になったなあとしみじみ思います。</p>
<h3>必ず持っていくものと諦めるもの</h3>
<h4>〈必ず持っていくもの〉</h4>
<p>・出汁や味噌などの基本の調味料。抹茶の粉。よく切れる包丁、弁当箱。</p>
<p>・使い慣れた化粧品、薬、お気に入りのペン</p>
<p>・アロマオイルや楽器、Myマグカップなどほっとできるストレス発散グッズ</p>
<p>・折り紙やタペストリー、浴衣など日本の文化を紹介できるもの</p>
<p>・傘や運動靴、歯ブラシなど日本製が一番なもの</p>
<p>・メラニンスポンジ　強い洗剤を小さい子どもがいるときは使いたくないので</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4>〈余裕があったら持っていくもの〉</h4>
<p>・キューピーのマヨネーズ！！That`s ご褒美、マルちゃんの棒ラーメン、カレー</p>
<h4></h4>
<h4>〈あきらめるもの〉</h4>
<p>・日本は紙が安い。紙オムツやティッシュペーパーが3倍した国も。でも<span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">大きすぎて</span>持っていけない。</p>
<p>・生理用品→まあまあの質のものが出回るようになった。</p>
<p>・ホットケーキミックスやプリンの素や、いろんなタレ→自分で混ぜればいいよね</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>まとめ</h3>
<p>日本のものを全て持っていくことはできるけど、そうすると現地の様子がわからないよね。100均にある便利グッズほし〜。と戦いは続く。</p>
<p>さあ、今回のナイジェリアからは何を持って帰ることになるのでしょう。今のところ、お店に行ってワクワクするようなものには出会っておりません。ショッピングが楽しみじゃないってすごいとこにいるなあ、、、。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>世界のどこでも子は育つ〜5カ国　5人　元教員ママの子育て記録　妊娠と出産</title>
		<link>https://dailykame.com/birth/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Rainbow Days]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 26 Aug 2026 16:10:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Mom]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dailykame.com/?p=3914</guid>

					<description><![CDATA[5カ国で経験した妊娠・出産の違い 5人の [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>5カ国で経験した妊娠・出産の違い</h3>
<p>5人の子を、3つの国で妊娠し、2つの国で産みました。同じ「妊娠・出産」のはずなのに、国が変わればここまで常識が変わるものかと、毎回びっくりさせられてきました。</p>
<h3>パキスタン:触診なし。しかも「太ってるほど勝ち」の世界</h3>
<p>初めての妊娠は、パキスタンでのことでした。当時はまだ若く、これから20年以上、人生の主役を子どもに明け渡す生活が始まるわけです。覚悟がいりました。</p>
<p>JICAの青年海外協力隊の保健師さんの活動先を見学させてもらったことがあります。そこで知ったのですが、母子手帳はもともと日本発祥で、世界に広めようとしているものらしいのです。石鹸を使って手を洗いましょう、みたいな日本なら当たり前すぎることを、一から丁寧に教えている姿を見て、へえー、と唸りました。</p>
<p>現地の私立の産婦人科に通いましたが、日本ではまだ触診が当たり前だった頃、パキスタンには触診という概念そのものがありませんでした。後で知ったのですが、触診をやってる国のほうがむしろ珍しいらしいです。葉酸のタブレットは何となく気が進まず、食事で頑張ることに。染色体検査も、どんな子でも産む気満々だったので受けませんでした。</p>
<p>パキスタンでは、妻は太っているほど良しとされます。豊かさの証だからです。おかげで病院の待合室は、どっちが妊婦でどっちが付き添いの母なのか、見分けがつかない人たちだらけ。先輩ママたちには「そんなに大きくなって、日本帰ったら医者に怒られるわよ」なんて笑われながら育てたお腹だったのに、いざ帰国してマタニティビクスに行ったら、周りは細い人ばかり。私だけ着ぐるみを着てるみたいでした。</p>
<p>パキスタンでは大きなお腹で、頭の上に重たい水がめを乗せて、平然と歩いていく妊婦さんもよく見かけました。妊娠してなくても私には無理です。ちょうど同じ頃、我が家で飼っていた猫も妊娠していて、私が出産のために一時帰国している間に、誰の手も借りずソファの下でひょいっと子どもを産んでいました。母親学級もなし、助産師もなし。それでも生き物ってちゃんと産めるんだなあ、と妙に感心してしまって。あの水がめの女性のことも思い出しながら、「まあ、ダメならダメで仕方ない」と、肩の力がすとんと抜けたのを覚えています。</p>
<p>出産は、都会に住む80歳の祖母(元助産師)のもとで。頼りにはなりましたが、「いい医者はいっぱい知ってるんだけどねぇ、みんな死んじゃったわ」なんていう、なかなかパンチの効いた昭和トークを毎日聞かされました。パキスタンに戻ってから現地で出産した日本人の知り合いは、二人目とはいえ2日で退院して翌週にはもう自宅に招いてくれるくらい元気で、もう強すぎる。</p>
<h3>イギリス:健診は少なめ。羊水検査、まさかの一人参戦</h3>
<p>イギリスでは公立病院にかかりました。ここも触診なし。妊婦健診の回数もかなり少なくて、「多すぎると妊婦の負担になる」という声が上がって減らされたと聞きました。入院も1〜2泊が基本、理由は「入院費がかかるから」。日本の考えとどっちがいいんだろう。</p>
<p>3人目の妊娠中、ある日病院から電話がありました。「なんで染色体検査のタイミングで受けなかったの?赤ちゃんの首が太くて、異常の疑いがあるから来て」と。「まあどっちにしても産むしなあ」くらいの気持ちで、一人で病院へ。いってみると血液検査ではなく羊水検査。座ったまま、長い針をお腹にブスッと刺す羊水検査を、一人で受けました。日本なら10万円ほどする検査が無料だったことにラッキーと思い相談なしに受けたこと、検査後そのままバスに乗って一人で帰宅したことに、後で夫からがっつり叱られました。日本では家族に付き添われて行き、検査後も安静にしてから帰るのが普通だと、その時初めて知りました。結果が出るまでの2週間は、平気なふりをしながら実は毎晩泣いていました。結果は異常なし。よかった。</p>
<p>イギリスで出産したママ友の中にはドゥーラという役割の他人を呼んでお産をする人や自宅で水中出産をする人もいて、新しい世界を知りました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>南アフリカ:赤ちゃんの体重が<span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">分からない</span></h3>
<p>南アフリカは医療水準が高くて、現地の友人に紹介してもらった病院にかかりました。担当はインド人の女性医師。その友人は4回とも帝王切開で産んでいて、「日本だと2回が限度って言われるのに」とこっちが驚く始末。</p>
<p>入院中、1時間おきに胎児の心拍を測りに来る看護師さんは、毎回「測りにきたわよ〜、あれ、(道具は)どこかしら〜」と、まずベルト探しから始めます。整理整頓、頼みます。問診票には「胎盤を持ち帰りますか?」という欄があって、二度見しました。</p>
<p>5人目の出産では、陣痛を和らげられると言われていたバスタブは、蛇口をひねっても水しか出ず。エクササイズ用のバウンスボールに乗って弾むよう指示され、いざ<span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">産み出す</span>ときは頭や足を支える台も日本のようにはなく、夫が頭を支える係に任命されて、「あなた下手くそねぇ」と看護師さんにダメ出しされていました。無事生まれた後、体重計は頭を右に向けるか左に向けるかで数値が変わる怪しい代物。赤ちゃんの横には、袋に入った胎盤がどんと置かれています。</p>
<p>何より驚いたのは、赤ちゃんが胸に乗った直後、先生も助産師さんもすっと部屋を出て行き、急にシーンと静まり返ったことです。「え、いつまでここに?誰か迎えに来てくれるの?もしかして忘れられてる?」としばらく本気で不安になりました。</p>
<p>退院時には、白い何かが入った袋を渡されました。中身は塩。消毒のためにお風呂に入れて浸かってね、とのこと。日本との違いに、ただただ驚くばかりでした。10日目の検診で黄疸と診断されましたが、日本のように入院中に処置されることはなく、退院後に自宅でライト装置をレンタルするか、追加で入院するかの二択。結局入院させ、毎日母乳を届けに通いました。裸でブルーライトの装置に入れられた我が子は、目にサングラスのプリントされた保護シートを貼られていて、ちょっとした日焼けサロンの客みたいでした。</p>
<p>締め</p>
<p>「日本人なのね、日本人は体が強いから大丈夫ね」と言われたことが何回かあります。そうなんだ〜。触診の有無、健診の回数、入院期間、退院後の風習まで、同じ「出産」のはずなのに、国が変わればこんなにも別物になる。それでも、どの国でも、無事に我が子を胸に抱けたことだけは、5回とも変わりませんでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>世界のどこでも子は育つ〜5カ国5人元教員ママの子育て記録〜日本の行事を海外でどう続けるか。</title>
		<link>https://dailykame.com/event/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Rainbow Days]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 25 Aug 2026 13:42:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Mom]]></category>
		<category><![CDATA[情報]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dailykame.com/?p=3905</guid>

					<description><![CDATA[日本の行事を、海外でどう続けるか——答え [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>日本の行事を、海外でどう続けるか——答えは拍子抜けするほどシンプルでした。</h3>
<p>私は田舎育ちで、祖父母と同居していました。おばあちゃんと一緒に柏餅を作ったり、季節の行事を家で自然に祝う暮らしが、当たり前にありました。あの頃の行事の記憶は、私の中でずっと「嬉しい」「楽しい」という感覚と結びついています。だから、自分の子どもたちにも同じように、季節の行事を経験させてあげたいと思ってきました。遊園地や旅行とは違う、もっと自然な形の楽しみ方だと思うからです。</p>
<h3>シュタイナー教育との出会いが、行事への意識を深めた</h3>
<p>イギリスと南アフリカで出会ったのは、季節を軸に据えたシュタイナー教育でした。この教育観では、季節の行事を通して「ヴェールを時折開け、魂の世界を垣間見る」というような表現がされることもあります。文化や自然、感謝の心、美しさ、知恵——そうしたものに意識を向ける美しい行事の中で、私たちは過ごしてきました。そしてこれ、出産を経験し、子どもを育てる<span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">母にスゥ〜を染み渡り、心を潤してくれたのでした。</span></p>
<h3>日本の行事は、形を変えながら続けた</h3>
<p>子どもの成長にまつわる行事は、その瞬間が一度きりしか訪れません。日本と全く同じようにはできなくても、写真に残し、お祝いする機会だけは作るようにしてきました。おせちは、手に入るもので「おせち風」に。5人目が生まれて1ヶ月の頃は、神社には行けなくても、親しい人たちを招いて食事会を開きました。1歳の誕生日には選び取りもしました。日本の行事の絵が描かれたタペストリーを海外にも持っていき、季節ごとに部屋に飾っていました。</p>
<h3>祝い方の違いを知ることも、一つの学び</h3>
<p>同じ行事でも、国によって祝い方は違います。バレンタインデーは、男の子から贈る文化のほうが目につきましたし、「Teacher’s Day」という、日本にはない行事もありました。</p>
<h3>やがて気づいた、「日本の季節に合わせなくていい」ということ</h3>
<p>そのうち、無理に日本の季節に合わせなくてもいいのではないか、と思うようになりました。住んでいる国の季節の行事と、日本の季節の行事を両方やろうとすると、気忙しくなってしまいます。学校では現地の行事をやりますし、南アフリカに住んでいた頃は南半球だったので、季節そのものが逆でした。12月は夏休み。あの、冷たく澄んだ空気の中で背筋が伸びるような、日本のお正月特有の感覚とはまったく違うものになります。それならそれで、日本にはない文化や季節の行事を学ぶ、貴重な機会だと捉えるようになりました。</p>
<h3>餅は「重い」——文化を持ち歩くということ</h3>
<p>パキスタンでは日本人会が盛んで、餅つき大会のような行事を日本人会として楽しむことができました。ただ、お餅や餅米は本当に重いんです。持っていく段になると、いつも悩みました。日本文化を伝える道具として実際に持ち歩いていたのは、タペストリーと折り紙、浴衣くらいだったと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>文化は「紹介する」ものではなく、その国の人が楽しめればいい</h3>
<p>パキスタンでは、スラムの子どもたちと週に2、3回遊ぶ活動をしていて、一度だけ彼らに習字やお餅つきを体験してもらったことがあります。お餅はとても気持ち悪がられました。イギリス人の友人からは、笑いながら「これは世界で唯一、人を殺せる食べ物だよ」と言われたこともあります(喉に詰まらせる危険のことです)。</p>
<p>夫が茶道に興味を持ち、イギリス在住の日本人の方に何度か教えていただいたことがありました。ただ、その時に出されたお茶菓子は、まさかのゼリービーンズ。パキスタンで創作料理として出された軍艦巻きにはマンゴーがのっていました。それでも、それでいいのだと思うのです。無理に何もかも日本から持ってこなくても、その土地にあるもので楽しめばいい。文化とは、正確に「紹介する」ものというより、その国の人たちが自分たちなりに楽しめれば、それで十分価値があるものなのだと思います。</p>
<h3>行事は、パーティーではない</h3>
<p>結局、行事の一番大切な部分は、盛大にお祝いすることではありませんでした。季節の花を飾ること。季節の食べ物を口にすること。家族で過ごし、自然を意識し、感謝する時間を持つこと。それさえあれば、場所がどこであっても、行事はちゃんと続いていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>世界のどこでも子は育つ〜5カ国　5人　元教員ママの子育て記録　5人5色</title>
		<link>https://dailykame.com/charactor/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Rainbow Days]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 24 Aug 2026 10:46:46 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Mom]]></category>
		<category><![CDATA[情報]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dailykame.com/?p=3896</guid>

					<description><![CDATA[5人5色。同じ親から生まれたのに、こんな [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>5人5色。同じ親から生まれたのに、こんなに違う</h3>
<p>我が家には、ちょっとした秘密の合言葉があります。LINEグループの名前は「Team Rainbow」。その理由は、この記事の最後でお話しします。</p>
<p>同じ家で、同じように育てているつもりでも、子どもというのは驚くほど違う人間に育ちます。同じ親から生まれ、同じ環境で、同じように育てたつもりでも、これだけ違う。担任をしていた頃、クラスの子どもたちを見ながら、「自分の子どもたちですらこんなに違うんだから、他人の子がこの人数で同じなわけないじゃない」と、案外サバサバした気持ちで受け止めていたのを覚えています。</p>
<p>今日は、我が家の5人それぞれの個性をご紹介します。</p>
<h3>長男:リーダー気質、そして「自分を信じる力」</h3>
<p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">小さい頃から社交性が高く、公園で知らない子に「遊ぼ!」と声をかけていく姿には、親の私が感心させられていました。運動神経も良く、頼られるタイプ。何でも自分でやったほうが早いし納得がいく、というリーダー気質で、面倒見の良さも際立っています。実は、私と思考の癖がよく似ていて、悪いことも手に取るように考えていることがわかる、良き理解者でもあります。</span></p>
<p>一方で、初めてのことには人一倍不安になる一面も。小学校の入学式の朝、実は不安でたまらなかったようで、布団から出てこず、当日パジャマのまま自転車に乗り、近くの祖父母の家に「脱走」していったことがありました。一年生って嬉しい子ばかりじゃないんだなっていう勉強になりました。</p>
<p>そんな彼の一番すごいところは、「自分を信じる力」だと思います。中学時代、部活ばかりの日々を送りながらも、小学6年生の時に決めていた高校を最後まで諦めず、偏差値を20上げて志望校に合格するという、ちょっとした奇跡を起こしました。</p>
<h3>長女:不器用な努力家、そして「ファーストペンギン」</h3>
<p>要領がいいタイプではありません。けれど、努力する力は誰にも負けません。テニスの指導で「不器用だな」と見ていたら、コーチに「蝉を捕まえるように」と言われた途端、急にコツを掴んで上手に打てるようになったこともありました。</p>
<p>みんなと群れるのが好きではなく、流されるのも嫌い。夫からは「ファーストペンギン」と呼ばれています。実際、中学校でパンツスタイルの制服が認められていたのに、実際に選んでいたのは学年でたった2人だったとき、迷わずその1人になりました。高校でも、女子の靴下の色や制服の選択肢が男子より少ないことに疑問を持ち、声を上げました。在学中に、女子のパンツスタイルが正式に認められ、靴下の色も男子と同じ選択肢が持てるようになりました。</p>
<p>素直で、心のきれいな子です。運動神経がいいわけではないのに度胸があるので、自転車も体操の技も一発でできてしまい、なぜだか体育が5タイプ。発想力も豊かで、ココナッツの殻でネズミの家を作るような、意外なアイデアを形にするのが得意です。</p>
<h3>次男:几帳面で、家と外で”二つの顔”を持つ子</h3>
<p>とても几帳面で、私が畳んだ洗濯物が自分の感覚と少しでも違うと、気に入らないほど。色々と癇癪を起こして辛かった私ですが、3年生頃から成長し、感情のスイッチがどこにあるのかわからないくらい、沸点が低くなりました。言葉ではっきり伝えないと、空気を読むのが少し苦手なタイプでもあります。</p>
<p>面白いのが、家の中と外での姿がまるで別人だということです。家では省エネモードで、来客も印象に残らないほど。ところが外では、学級委員や運営委員のようなリーダー役をどんどん引き受け、友達やママ友から褒めてもらう存在です。体育祭では応援コールが起こるほどの人気ぶりで、家族としては「同一人物なの?」と半信半疑になるレベルです。</p>
<p>とても優しく、正直な子でもあります。彼が「美味しい」と言ったものは本当に美味しい、というのが我が家の味の基準になっているほどです。姉の高校受験がうまくいかなかったとき、彼はそっと「必要だと思うので使ってください」という手紙を添えて、お小遣いの入った封筒を置いてくれました。我が家では6年生までサンタクロースを信じる習わしなのですが、彼は最後の年、「今までお世話になりました、ママにもプレゼントをお願いします」とサンタさんへの手紙に書き添えていました。</p>
<h3>四男:愛嬌とコミュニケーション力で生きている</h3>
<p>じっとしているのが苦手なので、タップダンスを習わせています。漢字がなかなか覚えられないので、楽譜のいらない和太鼓で記憶力を鍛えたり、大人に混じってゴスペルグループにも参加させたりしています。人前でパフォーマンスすることが大好き。</p>
<p>運動神経も記憶力も悪くないのですが、机に座っての勉強はどうにも退屈らしく、元校長だった厳しい祖父でさえ、「ほ、ほう〜……」という成績。彼の一番の強みは、周りに彼を可愛がってくれる、いい大人がたくさんいてくれること（向かいの高齢のご夫婦を8年も親戚だと思っていたらしく、頻繁に遊びに行かせてもらっていました。）。それは、何にも代えがたい財産だと思っています。</p>
<h3>五男:甘えん坊で、家族が大好きな末っ子</h3>
<p>甘えん坊で、仕切りたがり屋。それでいて、サッカーの試合を見ているとちょっとビビりな一面も見せます。何より家族が大好きで、自分が大きくなるにつれて、上のきょうだいたちが少しずつ家を離れていくことを、今から寂しがっています。特に一番上の兄のことが大好きで、毎年二人で映画のドラえもんを見に行くのが恒例行事になっています。</p>
<p>果物ならいくらでも食べられ、遊ぶのはいつも男の子ばかり。今回、ナイジェリアに行くと聞いたとき、意外にも一番乗り気だったのが彼でした。</p>
<h3>5人5色、それぞれの「好き」</h3>
<p>楽器も、スポーツも、みんなバラバラです。長男はドラム、長女はギターとベース、次男はエレクトーン、四男はタップ・和太鼓・ゴスペル。部活も、長男は吹奏楽、長女はテニス、次男はバスケットボール、四男は陸上、五男はサッカー。同じ家で育っているのに、好きなものも得意なことも、これほど見事に重なりません。別のことをやらせるとお互いに「すげーじゃん」が出てきていいですよ。</p>
<h3>これが、我が家の5人5色です。</h3>
<p>冒頭でお話しした「Team Rainbow」の由来、そろそろ明かしますね。理由は単純で、私たち家族はちょうど7人。虹の7色と同じ数だからです。五男の名前には、実際に「虹」の字が入っています。生まれた南アフリカが、ネルソン・マンデラの掲げた「レインボーネーション」という理念のもとに築かれた国だったこと、そして彼がちょうど我が家の7人目のメンバーとして生まれてきたこと。その両方への思いを込めて、名付けました。</p>
<p>一人ひとり色が違うからこそ、7人揃うとちゃんと虹になる。それが、我が家の5人5色、そして家族7人の、一番大切なところなのかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>世界のどこでも子は育つ〜5カ国5人元教員ママの子育て記録〜チーム育児</title>
		<link>https://dailykame.com/team/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[Rainbow Days]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 21 Aug 2026 13:16:08 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Mom]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://dailykame.com/?p=3885</guid>

					<description><![CDATA[うちの「チーム」は、夫婦の二人じゃない  [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<h3>うちの「チーム」は、夫婦の二人じゃない</h3>
<p>「チーム育児」というと、夫婦二人が協力し合う育児を指すことが多いと思います。でも我が家の場合、本当の意味での「チーム」です。両家の祖父母も巻き込んだ、まるっと総力戦です。</p>
<h3>夫が本気になったのは、4人目妊娠がきっかけ</h3>
<p>正直に言うと、夫ががっつり育児に参加してくれるようになったのは、4人目を妊娠してからでした。夫としては、自分の母親が専業主婦だったこと、私もその頃は専業主婦だったこと、深夜帰りが当たり前の仕事だったこと、週末は趣味の草野球に行っていたことから、「まあ大丈夫だろう」とタカをくくっていたようです。それが4人目の妊娠でついに「これはやばい、家が回らない」と気づいたらしく、私が買い物に出た隙に、珍しく3人目をおんぶしながら掃除機をかけている夫を見て、近所のママ友が「素敵なパパですね」と感心される運がいい夫。……遅くないですか、と今でも思います。その頃から夫は「マンツーマンはもう無理だ、ゾーンディフェンスだぞ」と、しょっちゅう言うようになりました。バスケの戦術のイメージでした。</p>
<p>子育てで一番きつかったのは、正直2人目が生まれた直後です。何もできない赤ちゃんが二人。夜は、翌朝仕事に行く夫の睡眠を気遣って一人で世話をし、朝になると「人手が借りられる〜」「年子よりマシ」「双子よりマシ」と、呪文のように唱えて自分を励ましていました。</p>
<h3>「うちのスタメン」チーム育児、始動</h3>
<p>3人目が生まれる頃から、我が家の「スタメンチーム育児」が本格的に始まります。長男は立派にお手伝いをしてくれるようになり、妹と遊んでくれる、「ちょっと見てて」「〇〇取ってきて」で助かる。筋力のないおばあちゃんでも、目さえあれば十分戦力になる時期、核家族の大変さを身に沁みて感じました。</p>
<p>ちびっ子2人に3人目をあやしながらの毎晩のご飯作りは、本当に大変でした。ちょうどままごとが大好きな年頃だったので、いっそ本物をやらせてしまえと、毎日夕方4時になると、ちゃぶ台に4歳と2歳の分のまな板と包丁をセット。「今日はナスをこの大きさに切ってねー」「人参の皮、ピーラーでむけるかな?」とおだてながら、私は3人目を抱っこして見守り、切ってくれた野菜を炒めるなり味噌汁にするなりして、なんとか毎日を乗り切っていました。</p>
<p>きょうだいはずっと2歳差で幼稚園・小学校・中学校に上がっていくので、下の子が不安な時も、忘れ物をした時も、いつも上の子が頼れる存在でいてくれました。長男は上3人のことを「古参」、下の二人を「にわか」と言います。</p>
<h3>パスポート6冊、迷子防止のチームプレー</h3>
<p>南アフリカへ渡航するとき、パスポートの数はなんと6冊。夫はまるでツアーコンダクターのようでした。空港のセキュリティチェックで、子どもたちに「リュックをベルトの上に置いてね」と声をかけた私。自分の荷物も下ろしたら、それは実はおんぶしていた4人目の子だった、なんてこともありました。パスポートコントロールをやっと通過して荷物を整理していたら、表情一つ変えない係の人が急に慌てて「すみません、お子さん一人忘れています!」と教えてくれたことも。ゲートを一人通っていない子が、置いていかれていたのです。それ以来、子どもたちにペアを組ませて、常に人数確認をする癖がつきました。迷子防止のお揃いの服は、3人までは可愛いのですが、4人になると正直ちょっと恥ずかしい。パパは外出のたびに、子どもたちがすぐ見つけられるようにと、いつも緑色のTシャツを着ていました。</p>
<h3>5人目が生まれてから、朝の分業体制</h3>
<p>南アフリカで5人目が生まれてからは、朝がさらに大変になりました。長男が5人目を抱っこしてあやしてくれている間に、私がちびっ子たちの朝ごはんと身支度をし、3人分のお弁当は毎日パパが担当。おかげで5人目は、私よりも長男に懐いています。</p>
<p>多子家庭では、上の子が「もう赤ちゃん産むのやめて」と負担や寂しさから言うことがあるとよく聞きますが、うちでは誰一人そう言わず、みんな喜んでくれました。これは本当に嬉しいことでした。</p>
<h3>「みんな〜」でつながる、大人になってからのチーム</h3>
<p>うちの家では、私はよく家の中で「みんな〜」と声をかけます。うちのチーム育児が素晴らしいと自分で思うのは、幼い頃の世話だけで終わらないところです。中学生、高校生、大学生、大人になっても、誰かが壁を乗り越えようとしているときは、家族全員がサポートに回ります。</p>
<p>長男が学校に足が向かなくなった時期があった時も、「長男と親の問題」として抱え込むのではなく、きょうだい全員に状況を説明し、協力してもらいました。受験勉強も、上の子が下の子に教えます。3人目が推薦入試を受けたときは、2週間毎晩、家族全員でプレゼンの練習を見て、アドバイスをし合いました。私が転職を考えたときも、2人目の高校受験がうまくいかず私が思わずブチ切れたときも、家族会議。夫が単身赴任になったときは、週1回の電話をみんなで続けました。お互いを信頼し合い、親は子どもを子ども扱いせず、きちんと話を聞く。誰が今、一番サポートを必要としているか、家族みんなが分かっています。子どもたちも、親の苦労をちゃんと分かっています。</p>
<p>家族の歯車が一つずれると、玉突きのようにいろんなハプニングが起こりますが、そんな時、上の二人は「じゃあ俺が迎えに行くよ」「私がご飯炊いとくよ」と、なんとか元に戻してくれます。「えー、だるい、俺知らなーい」なんて誰も言いません。「今じゃなくても、これからの家族にとってそれが一番いい」と、感覚的に分かっているのだと思います。</p>
<h3>猿の毛繕い</h3>
<p>猿にとっての毛繕いは、人間で言えば「一緒に笑うこと」にあたるのだそうです。驚かれるのですが、大学生や高校生になった今でも、晩ご飯の時間は30分ほど、その日あった出来事を話しながら自然に家族で過ごします。冬になれば床暖房が1箇所だからかみんなでぎゅっと居間に一緒にいます。小学6年生になったらアイロンがけ、中学1年生になったら洗濯物干し、そして週に1回、7人分のご飯作り。子どもたちは家事の大変さも、感謝することも、身をもって知っています。私がゆっくり教えてあげられるうちに教え、慣れてくれば、私は出かけて、帰ってきたらご飯ができている。週末をゆったり過ごせることさえあります。これが、子どもたちが将来つくっていく食卓の練習でもあるのだと思っています。</p>
<p>今はナイジェリアに来て、長男とは離れて暮らしていますが、わずか20歳の彼は、妹の大学受験を気にかけて車を出してくれたり、「バツイチと間違われる」と笑いながらも、世帯主として立派に家族を支えてくれています。</p>
<p>父の役割、母の役割、夫婦や親子の関係、大人への信頼、自分の気持ちを大切にすること、それを学ばせたい。いつか一人ずつ羽ばたいてくでしょう。でもその後も繋がってるはず。それが、我が家のチーム育児の、一番の自慢です。</p>
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