ナイジェリアに行くことに決めた日

辞令、ナイジェリア

夫の辞令が出た。行き先を聞かされた瞬間、正直「はあ〜」とため息が出た。これまでも辞令を経験してきたけれど、今回は過去1番の「はあ〜」だったかもしれない。

「ここを希望したら通るよねぇ」「今まで希望が通ったことがございましたでしょうか?」――そう思ってしまうのは、これまでの経験値があるからこそだ。頑張るのは夫なので、文句は言えない。でも、ため息はため息として、正直に残しておきたい。

今回はいつもと違った

これまでは、社宅だったり子どもがまだ小さかったりで、いつも家族一緒に引っ越してきた。でも今回、子どもたちは大学1年、高校2年、中学3年、中学1年、小学3年。

高校受験を控える子がいる。そして私自身も、勇気を振り絞って敷居をまたいだ小学校の教員を年度の途中で辞めることは現場に大きな迷惑をかけてしまう。だから今回は、夫だけが先にナイジェリアへ行くことになった。

うちの子たちには、数年前から「いつかこの日が来る」と思って、少しずつ家事を仕込んできた。洗濯、料理、ゴミ出し、アイロンがけ、家計管理の基本。それが本当に役に立つ日が来た!ほらね、今、彼らは自分たちの生活を自分たちで回している。

子どもたちの選んだ道

家事を仕込んできたことと同じくらい大事なのは、今回それぞれがどこで暮らすかも、親が選んだことではなかったということだ。もう親が選んでいい歳ではない。

長男は希望していた学校に入っていて、これまでの海外経験もある。だから「残りたい」。長女は一緒に行って留学したいと言っていたけれど、自由の少ない国での留学にお金を使うより、先進国で経験を積んだ方がいいのではという話になり、本人も納得した。3番目は「落ちたらナイジェリアねぇ」という軽い脅しが効いたのか、受験勉強を頑張った。中1の4番目は最後まで迷っていた。上の3人が受験勉強に追われる姿を見て「やりたくない」と思ったらしい。決め手は、一人部屋がもらえること。それと「コミュニケーション能力以外に取り柄がないから、英語が話せるようになれば将来なんとかなるでしょ」という家族からの前向きな理屈だった。5番目は南アフリカ生まれだけれど、兄や姉が海外の話をしても本人にはまったく記憶がなく、単純に「行きたい」と言っていた。

理由は五人五様で、立派なものもあれば、脅しに近いものも、思いつきのようなものもある。それでいい。誰かに「連れていかれる」「残される」のではなく、それぞれが自分なりの理由で、自分の場所を選んでいる。その姿を見ていると、離れて暮らすことへの不安より先に、頼もしさの方が勝ってくる。

 

キャリアの「ぶちぶち」と、父の反対

ここに、ずっと言えずにいたこと(嘘)を書いておこうと思う

私は、夫の仕事のために「仕事を続けていい」と言われたから結婚した。なのに実際は、海外赴任のたびにキャリアはぶちぶちと途切れてきた。積み上げては手放し、また積み上げては手放す。その繰り返しだった。数年主婦になってキャリアが止まった人が正規で雇ってもらうなんて、どれくらい心臓がバクバクして高いハードルか分かりますか〜!!

今回、家族も行くという選択に対して、あまり口出ししない父はぼそっと反対した。安全面、高額な学費、私のキャリア(=老後の資金)、残される子のサポート。近くで見てきたからこそ、複雑な思いがあったのだと思う。私自身、その反対にうなずける部分が、正直あった。

それでも、私が選んだこと

でも、ある時気づいた。私は子どもを育てるために結婚したのではなく、この人と一緒に過ごすために結婚したのだった。

世の中には単身赴任を続けるご家庭がたくさんある。それも一つの形だと思う。でも私にとっては、一緒に生活すること自体が、家族になっていく過程なのだと思う。だから、いつかは合流する。それが最初から決めていたことだった。「夫と私」が家族の原点。

すでに始まっていた「離れた家族」の形

単身赴任が始まってからも、家族はちゃんとつながっていた。

週に1回、夫とLINE電話をする。推薦入試を控えていた息子の、面接とプレゼンの練習にも、夫はナイジェリアから毎日参加してくれた。家族それぞれが、パパと一対一で電話で話す。10代の子どもたちがこんなに父親と一対一で話すものかと、自分の10代の頃と比べて感心してしまう。

はっきり言ってしまう私と違って、パパはまるでカウンセラーみたいに話を聞く。子どもたちはその日あった出来事だけでなく、迷っていることを相談している。パパを頼りにしていることがよく分かる。そしてパパの寂しさも感じ取っていた。それぞれの声で、それぞれの言葉で、離れていても家族は続いていた。

 

そして今

高校受験は、無事に第一志望が通った。

そして私は、仕事を辞めることにした。ナイジェリアの新年度に合わせて、8月から下の子二人を連れて、夫のもとへ行く。

キャリアがぶちぶちと途切れることに、父の反対にモヤモヤは残っている。でも、これは私が選んだ道だ。いつかパズルがハマるように一枚の絵ができるはず。

ここから、また新しい記録が始まる。

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