ナイジェリアDay1:到着

Day1:到着

日本〜韓国〜エチオピア〜ナイジェリア。韓国からエチオピアまでは12時間のフライト。長距離移動には慣れているつもりだったけれど、胃の加減も、睡眠のタイミングも、緊張感も、元に戻すのに丸4日かかった。

正直、この距離だと休暇であっても帰国を躊躇う。夫は単身赴任中、休みのたびに帰国して庭仕事やウッドデッキの補修をしていたけれど、今ならその労力がどれだけのものだったか、身をもって分かる。よく帰ろうと思ったな、と素直に思う。

画面の向こうの世界が変わっていく

乗り継ぐたびに、機内で見渡す景色が変わっていく。黒人の乗客の割合が少しずつ増えていき、エチオピアに着く頃には、機内はほとんど黒一色になっていた。きっと向こうも「なんでここにアジア人が?」と思っていたに違いない。

エチオピアの空港では、スタッフの指示も、並ぶという秩序も、あってないようなものだった。この人の言っていることは正しいのか、それとも小遣い稼ぎのための誘導なのか。私のアンテナも自然と途上国モード。

ターンテーブルに流れてくる荷物は、日本では見たことのない太さのビニールでぐるぐる巻きにされている。もう荷物というより、ただの丸い塊。ここが一国の首都の国際空港なのか。まあ意外にきれいか。十分だよね、、、。納得させようとしている脳みそ。

空港を出た瞬間から始まる洗礼

到着ロビーを出た瞬間、クラクションの音に包まれた。空港の駐車場を出るだけでも、決められた走行方向を守らない車、平気で横入りする車が何台もいる。少し先では、男性が女性スタッフに何かを叱られている光景も見えた。

交差点に差しかかるたびに、心の中で「ここ、どっち向きに進むの?」「ルールは?」とツッコミが止まらない。クラクションを鳴らしすぎだし、車間距離も近すぎる。私自身、運転はそれなりにしてきたつもりだけれど、この国では無理だと即座に悟った。日本なら車検すら通らないような凹みと傷だらけの車が、当たり前のように走っている。車に乗っているだけで怖い。座っているだけで「おっと!」と声が出る。20歳で運転している日本の息子に見せたい。

それでも、子どもたちは

そんな私の緊張をよそに、小学4年生の息子はニコニコが止まらなかった。飛行機に乗った記憶がないくらい小さい頃以来だったからか、空港も飛行機も全部が新鮮で、「最高〜」「神〜」を連発していた。

中学生の子はどうだろうと少し心配していたけれど、杞憂だった。荷物をカートに乗せて、誰よりも先頭を切って歩いていく。持ち前のコミュニケーション力で、空港の荷物スタッフと肩を組んだり、握手をしたり。初日から、もうこの国に馴染もうとしているように見えた。

大人は警戒心でいっぱいなのに、子どもたちの適応力はいつも軽々とそれを超えていく。この先どうなるかまったく読めない2年間の、これが本当の1日目だった。

空港からの道

道のりが、正直一番の衝撃だった。

道は土。首都で、これ? 何もない。道路沿いには牛や山羊が放牧され、道端では人々が何かを売っている。そしてゴミだらけ。これまでも途上国と呼ばれる国は何カ国か見てきたつもりだったけれど、今までで一番の「途上国」だった。

「うわ〜」「やばい」「えらいとこ来ちゃった」。最初は言葉になっていたのに、だんだん「え〜」「うわ〜」といううめき声しか出なくなった。助手席で、ただ景色を見ながらうなっている自分がいた。

そして思った。夫は、ここで一人、よくやってきたと思う。この道を、この街を、単身赴任の数ヶ月間、一人で通ってきたのだ。今まで電話越しに聞いていた「大変だよ」の一言が、実際にこの目で見て、初めて実感を伴った。

空港からそのままマーケットへ

到着したその足で、夫は私たちをマーケットに連れて行ってくれた。彼なりの「早く肌で感じてほしい」という気持ちだったのかもしれない。

信号で停まると自分と同い年くらいの子どもが何か買ってくれと見せてくる。キョトンとする弟。そのうち「NO」と言いながら首を振るジェスチャーで返事する兄。私は「一番いいのは目を合わせないことだよ」。動き出す車に近寄らせないためにも、期待させないためにも目を合わせない事が良いのだけれど、子どもに人を無視しなさいと教えるのってなんか複雑な気持ちになる。

並んだ野菜や果物は、日本のスーパーでは見たことのないくらい色鮮やかだった。大の果物好きな下の子は、最初こそ目を輝かせていた。でもそれも長くは続かず、すぐに「ハエが多い」「臭い」「車に戻りたい」と言い出した。

私はその光景を見ながら、ふと昔の記憶が戻ってきた。学生の頃、2週間だけマザーテレサに憧れて、インドをバックパックで旅したことがある。あの時のマーケットの匂いと熱気を、体がまだ覚えていたのだと思う。あの頃は「面白い」としか感じなかった同じ景色が、今は5人の子どもを連れた母親となり、交渉して買うのもめんどくさいし面白くもない。若さってすごい。同じ匂いのはずなのに、感じ方がまるで違う。それもまた、この日一番の発見だったかもしれない。

ようやく、家に着いた

家に着いた。家族用のこの家に、夫はずっと一人で住んでいた。

ダイニングテーブルには、大きく引き伸ばした家族写真が2枚、飾ってあった。そして、長男が書いた「頑張れ」のカードも一緒に。

さみしかったね。そう思うと同時に、胸がいっぱいになった。彼は一人で、この殺風景な家に家族の写真を飾って、今日この日を待っていたのだ。

先に来てくれたおかげで、私たちは早くこの生活を立ち上げられる。空港からここまでの道のりで感じた不安や衝撃は消えたわけではないけれど、このテーブルを見た瞬間、ようやく「ここが私たちの新しい家だ」と思えた。

長い1日目が、ここで終わる。

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