7人家族。今この瞬間、日本には長男・次女・三男の3人だけが残って暮らしている。ナイジェリアに来てから、その3人がどんな毎日を送っているのか、少し振り返ってみたい。
世帯主になった長男
長男は高専5年生。編入試験を控える受験生でもある。6月に二十歳になったばかりで、成人と同時に市役所へ行き、世帯主の手続きを済ませた。日本に残る妹と弟の児童手当も、彼の口座に振り込まれることになる。本人は「バツイチと間違われるかも〜」と笑っていたけれど、その役目を引き受けてくれること自体、頼もしいと思う。車の運転もできるし、いざという時には本当に頼りになる存在だ。
夫が一時帰国した際、世帯主が代わること、両親そろって海外に出ることを、妹と弟それぞれの学校に伝えに行った。両校とも「前代未聞です」という反応だ。何かあった時の緊急連絡先には、高齢の両親、遠方に住む両親、夫の弟など、書けるだけの名前を書き並べた。個人面談にはZOOMか長男が代わりに出席することになっている。
弟の学校からは、冗談交じりに「もし何かやらかしたら、お兄さんに来て謝ってもらいますね」と言われ、当の弟は「それもいいかもなぁ」とニヤニヤしていた。妹の個人面談は出国前だったけれど、長男は自分の予定を調整して同席してくれた。反抗期で不登校の時期に、「18歳になったら家を出なさい!それまでに何ができるようにならないといけないか逆算して考えなさい!」と言ったことがあるが、立派に育ったもんだ。やると決めたらガーッとやる性格なので、正直、睡眠不足で体調を崩さないか、それだけが心配だ。
受験生の次女
次女も受験生。弟と同じ、穏やかなタイプだけれど、頭の切れる兄とうまくやれているだろうか。心がきれいで素直なところが持ち味の子だから、きっと大丈夫だとは思う。
ただ、娘については別の心配もある。女の子はどうしても全体が見えてしまう。母性のようなものが働いて、家の中の「隙間の仕事」を自分から埋めようとしてしまう。不思議なもので、それが積み重なって、ある時ふっと疲れが爆発する。今のところ、娘の学校の受験対策が手厚く、親としてはとてもありがたく頼っている。努力が実ってくれるといいなと思う。
クタクタの三男
三男は寝坊が心配の種。部活漬けの毎日を送っている。バスケは続けたいけれど強豪校には行きたくない――そう本人は言っていたはずなのに、顧問の先生が全国大会で審判を務めるほどの実力者で、しかも部員が6人しかいないため、練習試合だらけのフル出場が続いている。毎日クタクタだ。
その様子を見た兄と姉は、「この子に晩ご飯を作らせるのは無理そうだ」と判断したらしい。二人でご飯を作る代わりに、三男は洗濯物担当になった。
実はこれは三男に限った話ではない。3人とも、小学6年生の頃から自分の服や給食のエプロン、制服にアイロンをかける習慣がついている。物干しに届く身長になった中1から洗濯物を干すこともしてきた。えらいものだと思う。セーターのようなデリケートな服の洗い方も分かっているし、お風呂の排水口の掃除の仕方も知っている。ゴミ出しは1週間交代の当番制らしい。
3人だけの台所
買い物は生協を利用しつつ、週末には3人で買い出しにも行っているようだ。長男からは、ローストビーフを作ってみたという写真が送られてきた。みんな料理も中1から週に1回7人分を作ってきている。レシピは常に何倍かし、レシピ通りのやり方では作れない量なので、「3人分でいいんでしょ〜、楽じゃん」と喜んでいた。
7月末から、3人だけの生活が始まった。せめてもの救いは、それが夏休みからスタートしたこと。2学期が始まれば、朝も早くなり、また違う忙しさがやってくるだろう。
ケンカしないでね、とは言わない
出発前、私はあえて「ケンカしないでね」とは言わなかった。3人でずっと仲良くやっていくなんて、そんなことは端から期待していない。子どもたちも「ケンカはするだろうけど、やっていけるでしょう」と言っていた。その言葉の方が、よほど頼もしく聞こえた。
ケンカも含めたこの経験は、いずれ一人暮らしを始めたり、自分の家庭を持ったりするときにきっと役に立つ。私自身、大学進学と同時に実家を出て一人暮らしを始めた人間だ。だから自分の子どもたちにも、18歳になる頃には一通りのことが自分でできるようになっていることを、ひとつの区切りとして考えてきた。
離れていても、3人はちゃんと自分たちの生活を回している。信じられないかもしれないけど、私は心配していない。きちんと絆ができていること、チームとして機能していること。子どもたちを信頼している。