姉の隣の席が、弟の”安心”だった
南アフリカは1月に新年度が始まる国です。私たちが到着したとき、長男は2年生の終わり、2番目は年長の終わり、3番目は年少の終わりというタイミングでした。あと1ヶ月待てば、切りよく新年度からの入学もできたはずです。
けれど我が家は、あえて前年度の学費を払ってでも、残り1ヶ月を通わせることに決めました。理由は3番目でした。新年度からは、上の2人は小学部に上がってしまう。言葉もわからない環境で、人見知りの強い3番目が一人で幼稚園をスタートするより、たとえ1ヶ月でも姉と同じ園で過ごす方が、心の準備になると考えたからです。
案の定、3番目は毎朝のように泣きました。それでも、姉がそばにいるというだけで、少しずつ世話を焼いてもらいながら過ごすことができました。それでもどうしても泣き止まない日、先生は3番目を、長男が通う小学部の教室まで連れて行ってくれました。まるでジブリ映画の『となりのトトロ』の一場面のように、お兄ちゃんの隣の席にちょこんと座らせてもらう。そうしているうちに、自然と落ち着きを取り戻していきました。
この経験は、後に私自身が幼稚園教諭として働く中で、大きな指針になりました。下の子が新しい環境をスタートするとき、その子にとっても、そして親にとっても、一番の安心材料は「上の子の存在」です。幼稚園にはクラスごと、担任ごとの世界があります。けれど、学年やクラスを超えたゆるやかな関わりが、もっとあってもいいのではないか。私自身、年長の担任をしていた頃、下の子が泣き止まず大変な時は自分のクラスで受け入れ、姉や兄の隣に座らせて、落ち着いてから先生に迎えに来てもらう、ということを何度もしました。大丈夫。そのうち自分の力で、泣かずに楽しめる日が来ることを、私は知っていたから。
シュタイナー幼稚園という選択
イギリスでのシュタイナー教育があまりに良い経験だったため、南アフリカにも同じような園がないか調べてみました。すると、家から片道40分ほど、しかも途中からは舗装されていない道を運転しなければならない場所に、一つ見つかりました。それでも、写真を見た瞬間に「ここなら、きっと楽しめる」と直感しました。
学校を何校か見学させて子どもに選ばせる、というご家庭もあると思いますが、我が家は違いました。「今日からここだよ、いってらっしゃい」——ただそれだけを伝えて、学校のゲートで見送りました。
広大な農場のような敷地には、カフェやアスレチックもあり、校舎はレンガ造り。幼稚園はシュタイナー教育らしく、お散歩、ベイキング、水彩画、蜜蝋粘土など、曜日ごとに決まったカリキュラムがありました。朝はまずポリッジを食べることから一日が始まります。お昼寝の前には、先生が絵本を読み聞かせてくれる。ブランコは、廃タイヤをまるごと使ったもの。外遊びの時間になると、先生たちはマグカップにお茶を注ぎ、それを片手に庭へ出ていきます。砂場は大きな松の木の陰にあり、時折、子どもの頭ほどもある松ぼっくりが降ってくるので要注意です。強い日差しの下、日焼け止めと帽子には園から厳しく指導がありました。
長女が小学部へ上がる日、娘は、緊張のあまり吐きそうな顔をしていたのを覚えています。特別なセレモニーはありませんでした。年長の最後の日、子どもたちはみんなで新しい教室に移動し、1年生の先生がキャンドルに火を灯しながら「待っていますよ」と語りかけてくれます。それが、入学式にあたる瞬間でした。
持ち物は、A4のコピー用紙一束、箱ティッシュ(海外では紙おむつやティッシュの値段が日本の3倍近くすることも珍しくありません)、日焼け止め、帽子、そして万年筆とブロッククレヨン。筆圧をしっかりかけて書くこと、そして間違えたプロセスも消さずに残せるように、あえて消せない万年筆を使わせるのだそうです。小学部の教室には、積み木やボードゲームで遊べるスペースのほか、あえて「隠れられる場所」が作られていました。これは、子どもの心理にとってとても良い工夫だと感じました。
ランタンフェスティバルやドラゴンフェスティバルなど、季節ごとの行事も豊かで、まるで一つの小さな世界のようでした。
締め
姉の隣の席から始まった次男の幼稚園生活。そして、ストーリー仕立てで字や数を覚えていく長女の小学校生活。二人の入学の形はまったく違いましたが、どちらにも共通していたのは、「where children love to learn」という、この学校の姿勢でした。
シュタイナー教育についての詳しい話、そして教員として私が何をしたかは、また別の記事でお話ししたいと思います。