発音なんて気にしなくていい。旅で学んだ「通じればいい」
大学生の頃の私は、完全に呪いにかかっていた。「英語はかっこいい」「綺麗な発音で話さないと通じない」という呪いだ。今思うと、一体誰にそんなこと言われたんだろう。多分、誰にも言われていない。勝手に思い込んでいただけだ。
その呪いを解いてくれたのが、学生時代に行ったインドだった。
「ジェスチャーで通じる」という衝撃
ドミトリーで出会った、一つ年上の女性バックパッカー。私のバックパック歴なんて2週間、完全にひよっこだ。1年近くリュック一つで複数の国を旅している猛者たちが、そこにはゴロゴロいた。彼女もその一人だった。
「言葉、どうしてるんですか?」と聞いた私に、返ってきた答えがこれだった。
「ジェスチャーでなんとなく通じるよ。水を指さして、指で2とか」
そうなの?!通じるんかい!
その後お世話になった、パキスタンの英語ペラペラなミックスのお姉さんにも、訛りのことを聞いてみたことがある。返ってきたのはこうだ。
「訛りは取れない。」ガーン
「世界にはいろんな訛りの英語があるんだよ。それでいいの。気にしなくていい」
この一言で、完全に吹っ切れた。ああ、そうか。私、勝手に自分でハードルを上げていただけなんだ。
パキスタンの英会話教室で見た衝撃の光景
パキスタンでは、英会話教室に通った。そこで見た光景が、また衝撃だった。
みんな、すごい訛ってる。文法もめちゃくちゃ。それなのに、めっちゃ喋る。喋る喋る喋る。そして毎日スピーチさせられる。地獄。。。
日本人に「英語で3分間、何かについて話してください」って言ったら、大体固まる。恥ずかしいから。間違えたらどうしよう、って思うから。でもここの人たちには、その「恥ずかしい」がまるでない。すごいわ、と素直に思った。
日本人は「合ってるかな」「間違えたら恥ずかしいな」って気にしすぎなんだと思う。私が劇的に英語が話せるようになったと感じた段階が二つある。一つは外国人の友達を作った時。もう一つはECCジュニアの先生をした時。文法や発音の正確さより、伝えようとする熱量の方が、よっぽど言葉を運んでくれる。
あの日インドで聞いた「ジェスチャーで通じる」も、パキスタンで見た「訛りだらけでも喋り倒す」姿も、今の私の土台になっている。この先、ナイジェリアで子どもたちが言葉の壁にぶつかるたびに、多分私はこの時の記憶を思い出すことになる。