世界のどこでも子は育つ〜5カ国5人元教員ママの子育て記録〜日本の行事を海外でどう続けるか。

日本の行事を、海外でどう続けるか——答えは拍子抜けするほどシンプルでした。

私は田舎育ちで、祖父母と同居していました。おばあちゃんと一緒に柏餅を作ったり、季節の行事を家で自然に祝う暮らしが、当たり前にありました。あの頃の行事の記憶は、私の中でずっと「嬉しい」「楽しい」という感覚と結びついています。だから、自分の子どもたちにも同じように、季節の行事を経験させてあげたいと思ってきました。遊園地や旅行とは違う、もっと自然な形の楽しみ方だと思うからです。

シュタイナー教育との出会いが、行事への意識を深めた

イギリスと南アフリカで出会ったのは、季節を軸に据えたシュタイナー教育でした。この教育観では、季節の行事を通して「ヴェールを時折開け、魂の世界を垣間見る」というような表現がされることもあります。文化や自然、感謝の心、美しさ、知恵——そうしたものに意識を向ける美しい行事の中で、私たちは過ごしてきました。そしてこれ、出産を経験し、子どもを育てる母にスゥ〜を染み渡り、心を潤してくれたのでした。

日本の行事は、形を変えながら続けた

子どもの成長にまつわる行事は、その瞬間が一度きりしか訪れません。日本と全く同じようにはできなくても、写真に残し、お祝いする機会だけは作るようにしてきました。おせちは、手に入るもので「おせち風」に。5人目が生まれて1ヶ月の頃は、神社には行けなくても、親しい人たちを招いて食事会を開きました。1歳の誕生日には選び取りもしました。日本の行事の絵が描かれたタペストリーを海外にも持っていき、季節ごとに部屋に飾っていました。

祝い方の違いを知ることも、一つの学び

同じ行事でも、国によって祝い方は違います。バレンタインデーは、男の子から贈る文化のほうが目につきましたし、「Teacher’s Day」という、日本にはない行事もありました。

やがて気づいた、「日本の季節に合わせなくていい」ということ

そのうち、無理に日本の季節に合わせなくてもいいのではないか、と思うようになりました。住んでいる国の季節の行事と、日本の季節の行事を両方やろうとすると、気忙しくなってしまいます。学校では現地の行事をやりますし、南アフリカに住んでいた頃は南半球だったので、季節そのものが逆でした。12月は夏休み。あの、冷たく澄んだ空気の中で背筋が伸びるような、日本のお正月特有の感覚とはまったく違うものになります。それならそれで、日本にはない文化や季節の行事を学ぶ、貴重な機会だと捉えるようになりました。

餅は「重い」——文化を持ち歩くということ

パキスタンでは日本人会が盛んで、餅つき大会のような行事を日本人会として楽しむことができました。ただ、お餅や餅米は本当に重いんです。持っていく段になると、いつも悩みました。日本文化を伝える道具として実際に持ち歩いていたのは、タペストリーと折り紙、浴衣くらいだったと思います。

 

文化は「紹介する」ものではなく、その国の人が楽しめればいい

パキスタンでは、スラムの子どもたちと週に2、3回遊ぶ活動をしていて、一度だけ彼らに習字やお餅つきを体験してもらったことがあります。お餅はとても気持ち悪がられました。イギリス人の友人からは、笑いながら「これは世界で唯一、人を殺せる食べ物だよ」と言われたこともあります(喉に詰まらせる危険のことです)。

夫が茶道に興味を持ち、イギリス在住の日本人の方に何度か教えていただいたことがありました。ただ、その時に出されたお茶菓子は、まさかのゼリービーンズ。パキスタンで創作料理として出された軍艦巻きにはマンゴーがのっていました。それでも、それでいいのだと思うのです。無理に何もかも日本から持ってこなくても、その土地にあるもので楽しめばいい。文化とは、正確に「紹介する」ものというより、その国の人たちが自分たちなりに楽しめれば、それで十分価値があるものなのだと思います。

行事は、パーティーではない

結局、行事の一番大切な部分は、盛大にお祝いすることではありませんでした。季節の花を飾ること。季節の食べ物を口にすること。家族で過ごし、自然を意識し、感謝する時間を持つこと。それさえあれば、場所がどこであっても、行事はちゃんと続いていきます。

 

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