「手をかけすぎない」国で気づいた、子育てと医療のちょうどいい距離感
パキスタンでの緊張感に満ちた生活を終え、日本を挟んで次に家族で暮らしたのは、ロンドンから離れた大学の田舎町。夫の留学に伴う、わずか1年間の滞在でした。
この国で驚いたのは、妊婦健診でした。イギリスの妊婦健診は「多すぎる」という母親たちの声によって、健診の回数を減らされたのだと聞きました。羊水検査はお大事に〜って普通に帰される。普通分娩は一泊か二泊で退院。日本であれば考えられないことです。
日本のお母さんが忙しい理由に、お風呂に毎日入れるということがあるように思います。日本は湿気もひどいし、綺麗好き。だけどイギリスに来たら、「3日に一回かな。うちの子皮膚弱いし。」「汗かかないし」そっか〜それでもいいんだーっておもいました。
けれど1年を過ごすうちに、この「手をかけなさすぎる」ように見える国の姿勢が、実は子どもを大きく信頼することの表れなのだと気づいていきます。
偶然の出会いから始まった1年
長男を通わせる保育園は空きがなく、途方に暮れていたある日、スーパーへ食材を買いに行く途中で見かけたのが「オープンデー」の張り紙でした。ふらりと立ち寄ってみると、そこはシュタイナースクール。大学の教科書でほんの少しだけ紹介されていた教育法を、まさか自分の子どもが体験することになるとは思いませんでした。保護者も教師も温かく迎えてくれ、自然や季節を大切にする空気に惹かれ、通わせることに決めました。
もちろん、いいことばかりではありませんでした。通い始めて2週間ほどで、長男は毎朝「行きたくない」と大泣きするようになったのです。お菓子で釣ってみたり、お気に入りのシュライヒの動物のおもちゃを買ってみたり、あの手この手を尽くしましたが、なかなかうまくいきません。先生からは「ちょっと強い子がいるから、それが原因かもね」と言われ、心配は募るばかりでした。
ところが、お迎えの時にその子のお母さんから声をかけられたのです。「今度うちに遊びに来ない?」と。それから子ども同士を遊ばせてもらい、いつのまにか行きしぶりは落ち着いていきました。「原因かもしれない」と言われた相手の親が、むしろ手を差し伸べてくれる——このおおらかさこそが、この学校らしさだったのかもしれません。
学校にはママたちのクラフトグループもあり、興味だけで飛び込んでみました。5人ほどのコアなメンバーで、英語もろくに話せない私に、あるママは「You are brave(あなたは勇敢ね)」と言ってくれました。意味がわからず、家に帰って辞書で調べたのを覚えています。言葉が通じなくても、いつも温かくシュタイナー式のクラフトを教えてもらいました。バザーで売るために私が作った「馬の頭に棒がついたおもちゃ」を、当の息子は選ばず、器用なママが作った馬をちゃっかり選んでいましたが。イギリスは夏は22時でも昼間のような明るさで、冬は15時過ぎに暗くなりはじめます。編み物したくなるわけですね。
余談ですが、日本でシュタイナー教育というと、専門のおもちゃは値段が張り、問い合わせれば「まずはご自身で学んでから」と言われるような、どこか敷居の高いイメージがあります。けれど現地で出会ったシュタイナースクールは、もっと肩の力の抜けたものでした。英語もろくに話せない私を「勇敢ね」と迎え入れてくれたように、専門知識や完璧な準備がなくても、興味があれば飛び込ませてもらえる——そんな懐の深さがありました。
「頑張らない、疲れない」キャンプという発見
シュタイナースクールでは、1週間のキャンプが開催されることになりました。私自身、大学時代に4年間、小中学生向けのキャンプリーダーのサークルに所属していたこともあったのですが、直前のお知らせで少々不安に感じていました。
準備の段階から、これまでの感覚を覆されました。「キャンプ用品なんて持ってないんです」と伝えると、返ってきたのは「大丈夫よ、布団を持っていけばいいから」という一言。実際、会場には常設のテントが10張りほど用意されていて、普段家で使っている布団と枕をそのまま車に積んで持ち込む家族もいました。「これが一番寝心地が良くて、経済的よね」と誰かが笑っていたのが印象的でした。1週間といっても厳格な合宿ではなく、近くに住む家族は夜だけ家に帰り、朝また参加する、という緩やかな形も普通にありました。我が家もその一つで、夜は家に帰り、朝からキャンプに合流するスタイルを選びました。
日本でキャンプリーダーをしていた頃を思い返すと、プログラムを詰め込みすぎていたな、と気づかされました。ここでは1日に予定されているのは1つか2つだけ。森でシートを使って基地を作る、みんなで散歩する。あとはすべて自由時間です。朝ごはんは用意されますが、それ以外は各自のペース。焚き火は絶えず燃やされ続け、誰かがのんびりお茶を飲んでいる。お酒も禁止されていません。生後1ヶ月の赤ちゃんを連れて参加している家族もいました。夜になると、子どもたちは装飾された「ストーリーテント」でホットチョコレートを飲みながら、絵本の読み聞かせをしてもらいます。
頑張らない。疲れない。それでも、子どもたちは十分に満たされて眠りにつく——そんなキャンプのあり方を、私はこの国で初めて知りました。
妊婦健診も、シュタイナースクールも、このキャンプも。
イギリスで過ごした1年間を振り返ると、共通していたのは「手をかけすぎない」という姿勢でした。それは決して怠慢ではなく、公園ではおしゃべりしながらも目はしっかり子どもを誘拐から守っていましたし、親自身をもっと自分の時間を楽しんでいいのだというメッセージだったのだと、今では思います。
次回は、南アフリカ共和国での日々についてお届けします。