赤ちゃんの脳はすごい、という賭け
以前、南アフリカに行くとき、私はある賭けに出た。赤ちゃんから幼児期は、どんな環境にも対応できるように言語も脳も発達する――そんなイメージを持っていたので、渡航前に英語を一切教えなかったのだ。
結果、子どもたちは文字からではなく、音だけで英語の感覚をつかんできた。しかも面白いことに、すぐに兄弟ゲンカが英語になっていた。英語の方が強い言葉なのか、ストレートに気持ちをぶつけやすいのか。ちなみに日本語って恋人たちが囁いているように聞こえるんですって。渡航して1ヶ月経った頃には、寝言が英語になっていた。すごいな、子どもの脳。
あの時南アフリカに連れて行った子どもたちの年齢は、今回のナイジェリアでは小4と中2。私自身は帰国子女でもなんでもないので、正直どこまで手伝えるか、自信なんて最初からなかった。それでもどこかで「ここを乗り越えたら、日本で教員として働くとき、外国人の転校生の力になれるよね」とワクワクしていた自分がいた。
真面目な教員ママの、しょうもないプレッシャー
私は元教員だ。だから「AIを使うな、自力で頑張れ」という気持ちが、正直どこかにある。特に高校受験にも響くであろう子どもの宿題が、いつの間にか私自身のプレッシャーになっている。
小学生の息子に出された宿題がこれだ。1日目、自己紹介を書こう。2日目も簡単なもの。そして3日目、「ペットとして飼うならユニコーンとドラゴン、どちらがいいか。理由も添えて5行以上」。
おっと。急にハードル爆上がりである。
ところが先生から一言。
「日本語で書いていいよ。翻訳アプリで私が見るから大丈夫」
え、そうなん?そんなんでええの?英語の力、伸びへんやーん!
内心ツッコミながらも、まだ様子見の時期だし、まずは学校に来ることや宿題を習慣化させることを重視しているんだろう、と自分の中で都合よく解釈することにした。
「これでええんか」の連続
一人一台のパソコンも使いながら学習を進めるスタイルなのだが、ある日中学生の息子が言った。「友達が設定いじって日本語表示にしてくれたから、めっちゃ楽になった〜」
え、それでええの?英語も一緒に覚えてしまえよ、と心の中で叫んだ。
理科の課題も、先生がワークシートをまるごと日本語に翻訳したものを渡してくれた。教育ってなんだろう。言葉より、まず内容が伝わることが大事なんだ。学校に行きたくないを減らす。なるほど、そういう考え方もあるのか。
学校の連絡アプリにうまくログインできず、ITセクションを訪ねたときも、また同じことが起きた。陽気なスタッフさんが、パソコンで翻訳アプリを開き、日本語と英語の同時通訳をその場でさせてくれた。一応、私これくらいなら全部会話できますけど、、、もうええんか、これで。ただの言葉だもんね。通じればいいのよね。この学校は世界41ヵ国から集まっていて、外国人は2、3年で転校していく。英語が話せない子が来る。それに生徒もスタッフも慣れているのだ。
隣にいたのは韓国人の男の子
そういえば、同じ補習クラスに韓国人の男の子がいるらしい。Kポップと韓国ドラマが大好きな中2の息子。英語の学習アプリをやってるのかと思いきや、気づけば韓国語をやっとるやないかい。
まったく、優先順位はどうなっているんだ、この子は。でもまあ、それも異文化の中で生きる楽しみ方のひとつなのかもしれない。